2022年10月26日

【知っておきたい費用について】不妊治療の保険適用、何が変わった?【前編】

 

2022年4月より不妊治療が公的医療保険の適用対象になりました。不妊治療=高額のイメージから、なかなか一歩踏み出せなかったカップルにとって、経済的な負担が軽くなるというのはうれしいニュースに違いありません。

 

しかし、保険が適用されるためには一定の基準があり、不妊治療のすべてが対象とはならないそう。一体、これまでとどのように変わったのでしょうか。慶應義塾大学名誉教授で、元日本産科婦人科学会理事長の吉村泰典医師に聞きました。

 

この記事の監修者
吉村泰典 (よしむら やすのり)
一般社団法人吉村やすのり生命の環境研究所 主宰
慶應義塾大学名誉教授
福島県立医科大学副学長
新百合ヶ丘総合病院名誉院長
1975年慶應義塾大学医学部卒業。慶應義塾大学名誉教授、福島県立医科大学副学長、新百合ヶ丘総合病院名誉院長。日本産科婦人科学会、日本生殖医学会、日本産科婦人科内視鏡学会の理事長を歴任。2013年から第2次~第4次安倍内閣で、少子化対策・子育て支援担当の内閣官房参与を務める(2020年まで)。「一般社団法人 吉村やすのり生命の環境研究所」を主宰。

 

不妊治療の保険適用の概要とは?

 

2022年4月より不妊治療が公的医療保険の適用対象になりました。(*1まずはこれまでとどう違うかについて教えてください。  

 

以前の制度では、保険が適用されるのは不妊の原因を明確にするための検査や症状の治療のみでした。たとえば一部の血液検査や精液検査、排卵誘発剤併用のタイミング法などは、これまでも保険の適用がありましたが、体外受精などには保険が適用されていなかったのです。

 

そのため、国では回数制限を設けながらも1回あたり30万円の助成金を支給する「特定不妊治療費助成事業」という仕組みを作っていました。今回、不妊治療が保険適用になったことを受けてこの制度はなくなりましたが、その分医療機関の窓口で支払う医療費が原則3割負担となります。

 

 

今回の制度はどのように決まったのでしょうか。

 

日本生殖医学会が、国内で行われている生殖補助医療と一般不妊治療の各医療技術について有効性等のエビデンスレベルの評価を行い、取りまとめた生殖医療ガイドラインをふまえて制定されました。

 

 

今回から保険適用となった治療とは、具体的にどのようなケースですか?

 

まずは人工受精ですね。そして、生殖補助医療に該当する採卵、採精、体外受精と顕微授精、胚培養、胚移植についても保険が適用されることになりました。また、これらに加えていわゆる「オプション治療」についても、一部は保険適用になったり、保険治療と併用できるようになっています。例えば以下のような治療を保険治療と併せて受けることができます。(*2)

 

タイムラプス タイムラプス

胚培養中の培養器に内蔵されたカメラで、胚を自動撮影しながら、正確に胚の状態を知る技術

子宮内膜刺激胚移植法(SEET法) 子宮内膜刺激胚移植法(SEET法)

胚移植前に、胚の培養液を子宮に注入し、受精卵が着床しやすい状況をつくる治療

子宮内膜擦過術(子宮内膜スクラッチ) 子宮内膜擦過術(子宮内膜スクラッチ)

胚移植を行う予定の前周期に、胚が着床しやすくなるために子宮内膜に小さな傷をつける技術

 

など、先進医療に該当する方法も、保険診療と組み合わせて実施することが可能です。

 

 

保険適用となるための条件はあるのでしょうか。

 

まず対象となる年齢ですが、治療開始の時点で女性が43歳未満であることとされています。また、回数にも上限があり、女性が40歳未満の場合は子ども一人に対して胚移植は最大6回まで、40歳~43歳未満の場合は最大3回までとなっています。

 

そのほか、パートナーとの婚姻関係にあること、または事実婚であることが必要で、事実婚の場合は重婚でない(両者がそれぞれ他人と法律婚でない)こと、同一世帯であること(同一世帯でない場合には、その理由について確認する)、治療の結果、出生した子の親が自分達であると認知する意向があることが定められています。

 

これらに該当しない場合は、不妊治療にかかる医療費が全額自己負担となります。

 

 

保険適用には、なぜ年齢制限があるのでしょうか?

 

女性の年齢が上がるにつれて体外受精の成功率が下がること、43歳を過ぎると体外受精で出産に至る割合が5%以下になることなどが、制限を設けた理由とされています。なお、男性側に年齢制限はありません。

 

 

不妊治療の「保険診療」と「自由診療」それぞれのメリット

 

保険適用がなされる一方で、不妊治療には自由診療の考え方もありますよね。

 

そうですね。むしろ不妊治療の世界は、長らく自由診療で行われてきましたからね。

 

自由診療とは、治療として国の承認を受けるための基準を満たしていないため、保険が適用されない治療のこと。これらの治療を選択した場合、医療費は全額自己負担となります。

 

なぜ不妊治療が自由診療だったかというと、不妊は美容整形などと同じく、病気のための治療ではないという認識があったからです。今回の保険適用によって、不妊もひとつの病態であり、治療を必要とするものという認識が社会に広まっていくものと思われます。

 

 

不妊治療がしたくてもできなかった方の中には、「病気じゃないから治療がしにくい」という思いもあったようですね。

 

そうですね。本人ももちろんですが、たとえば勤め先の会社からもなかなか理解を得られないケースはあったようです。不妊治療は時間もかかりますし、場合によっては治療で仕事を休んだり、早退したりしなければならないこともあります。

 

今回保険適用が始まったことで、積極的に治療を考える人が増えることを期待しています。

 

 

保険適用があっても自由診療を選ぶ方もいらっしゃるかと思いますが、そこにはどんなメリットがあるのでしょうか?

 

保険診療では、国が決めたルールに従って治療を行う必要があります。また、検査回数も限定されますし、何より43歳以下という年齢の制限があります。

 

一方、自由診療ではこういった決まりがありません。そのため日本産科婦人科学会などのガイドライン内であれば、年齢にかかわらず治療も自由に行うことができます。また、希望すれば最新の技術を用いた治療も選択でき、より高い効果を目指すこともできますね。

 

 

一方で保険が適用されることで、得られるメリットも大きいですよね。

 

もちろんです。特に経済的負担はかなり軽減されるでしょう。

 

すでに触れたとおり、これまで不妊治療は自由診療で行われていたため、全額自己負担でした。助成金を申請しても、回数や所得の制限があるため、結果として高額な治療費を支払っていた方がほとんどではないでしょうか。こういった経済的な問題は、不妊治療をする方々にとって大きなハードルとなっていました。

 

しかし、今回保険適用になったことにより、自己負担は3割になります。費用をネックに不妊治療を受けることや、体外受精・顕微授精といった生殖補助医療に頼ることをあきらめていた方に、広く門戸が開かれたと言えるでしょう。

 

 

保険適用がスタートしてことで、ほかにはどのようなメリットが考えられますか?

 

自由診療が主だった不妊治療は、標準化が難しいとされてきましたが、保険適用になったことで、治療の進め方や方法に一定の道筋ができました。そのため、不妊治療を始めやすくなったと感じる人もいるかもしれません。

 

不妊治療に対するハードルが下がったことで、早い段階から治療を検討できるようになることが考えられます。特に第2子以降の出産をためらっていた人も不妊治療に一歩踏み出すきっかけになることでしょう。

 

いずれにせよ、妊娠を前向きに考えられる人が増えるといいですね。

 

 

保険適用内で不妊治療をする場合、注意することはありますか?

 

厚生労働省・社会保険支払基金は、保険診療を利用する場合において、自由診療の治療を併せて提供すること(混合診療)を禁止していますですので、たとえば薬を追加したいとか制限回数を超えてエコー検査をしたいといった場合は、それまでの治療がすべて自己負担になります。

 

不妊は当然一人ひとり原因が違いますので、保険診療内での治療では満足のいく結果を得られないケースも考えられます。これから不妊治療を始めようとする方には、ぜひその点もあらかじめ知っておいていただけたらと思います。

 

後編に続きます

 

 

参考文献

(*1)参考文献 厚生労働省 不妊治療に関する支援について 

(*2)参考文献 不妊治療における先進医療の状況(令和4年度5月1日現在) 

(*3)参考文献 野村総合研究所 不妊治療の実態に関する調査研究

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