妊娠可能な年齢の女性の6-10%に起こるといわれている子宮内膜症。(*1)
卵巣に発生するチョコレート嚢胞(のうほう)は、日常生活に影響するほどの強い月経痛を引き起こし、不妊の原因にもなります。また、がん化するリスクもあります。
今回は、チョコレート嚢胞が発生する原因や不妊への影響、治療法などを、東京歯科大学市川総合病院産婦人科准教授、福島県立医科大学特任教授の小川真里子医師に聞きました。

1995年 慶應義塾大学産婦人科研修医、専修医。2007年より東京歯科大学市川総合病院産婦人科助教、2011年 同講師を経て、2015年より東京歯科大学市川総合病院准教授。2022年より福島県立医科大学特任教授兼任。
日本女性心身医学会幹事長、日本女性医学学会幹事。
日本産科婦人科学会専門医および指導医、日本女性医学学会女性ヘルスケア専門医および指導医、日本心身医学会心身医療専門医および指導医、日本女性心身医学会認定医師、日本臨床細胞学会細胞診専門医、日本がん治療認定医機構がん治療認定医。
産婦人科診療ガイドライン、OC・LEPガイドライン、摂食障害治療ガイドライン作成委員。
目次
意外と多いチョコレート嚢胞 日本人の10人に1人が罹患
チョコレート嚢胞とはどのような病気ですか?
チョコレート嚢胞は、子宮内膜症の一種です。
子宮の内腔(赤ちゃんが育つ場所)を覆う子宮内膜組織は、女性ホルモンの作用を受けて妊娠に備えて増殖します。子宮内膜は妊娠が成立しなかった際にはがれ落ち、排出されます。この仕組みが月経です。*2
子宮内膜症は、子宮内膜に似た組織が子宮の中以外の場所で発生することで起こる病気です。
これが卵巣にできた場合(内膜病巣)、本来は月経時にはがれ落ちたら経血として排出されるはずの血液が、卵巣の一部に嚢胞を作ってたまっていきます。たまった古い血液がチョコレート色をしているので、これを「チョコレート嚢胞」と呼びます。(*2)
子宮内膜症は、全身の様々な臓器に発生することがありますが、ほとんどの場合は卵巣などの骨盤内の臓器に発生します。(*3)
チョコレート嚢胞の人はどのくらいいるのでしょうか。
妊娠出産のできる年齢の女性の約10人に1人の割合で発症するといわれています。
20~30代の女性で発症することが多く、中でも30~34歳がもっとも多いとされていますが、10代で月経痛が強い女性も、子宮内膜症の可能性があるといわれています。(*4)
チョコレート嚢胞を引き起こす子宮内膜症になる原因は何ですか?
子宮内膜症が起こる原因は、まだはっきりとは解明されていません。(*5)
月経時にはがれおちた子宮内膜が、卵管から腹腔内に入り、生着して起こるという説があります。
チョコレート嚢胞の初期症状とは?どうやって気づく?
チョコレート嚢胞の初期症状には、どういったものがあるのでしょうか。
代表的な初期症状は月経痛です。とくに卵巣にできた子宮内膜症は、他の部位のものよりも痛みが強いといわれています。
月経痛はチョコレート嚢胞の方の約9割に起こり、日常生活に影響するほどの強い痛みを伴うことがあります。
月経痛以外にも、下腹部痛、腰痛、性交痛、肛門痛、排便痛、過多月経(月経量が150mL以上出る状態)などが起こる場合があります。(*6)
チョコレート嚢胞の症状があった場合、どうすれば良いのでしょうか?
チョコレート嚢胞は、強い月経痛により日常生活に影響を及ぼすだけでなく、不妊の原因にもなります。また、破裂を起こして緊急手術が必要になることもありますし、年齢が高い場合や、若くてもチョコレート嚢胞が大きい場合は、それががんになるリスクもあります。(*7)
気になる自覚症状がある方は、早めに産婦人科を受診しましょう。
チョコレート嚢胞かどうかを診るために、産婦人科ではどんな検査をするのでしょうか?
まずは問診で、月経周期や痛みの部位、痛みと月経周期の関連、妊娠を希望しているかどうかなどを確認します。
次に内診で子宮、卵巣の可動性や痛みの有無を確認します。
その後、超音波検査で子宮や卵巣が腫れているかどうかを調べます。腫れが見られた場合、手術は必要か、悪性腫瘍の可能性はないかを確認するために、MRIでさらに詳しく診断していきます。(*8)
また、補助診断のひとつとして腫瘍マーカー検査(血液検査)を行う場合もあります。体内に腫瘍ができると特殊な物質が血液中に現れることがあり、この物質を腫瘍マーカーと呼びます。子宮内膜症やチョコレート嚢胞では、CA125という腫瘍マーカーが上昇することがあるため、血液検査を行って値を確認します。(*9)
チョコレート嚢胞は不妊の原因になる?知っておきたい原因と影響
子宮内膜症、そしてチョコレート嚢胞は不妊の原因になりますか?
子宮内膜症になると、卵の輸送が妨げられたり、卵胞の発育がしにくくなったりするため、不妊の原因となります。
子宮内膜症により妊娠に重要な役割を担う臓器同士がくっついてしまう(癒着する)と、卵巣からの卵の放出、卵管への卵の取り込み、卵管による卵の輸送が妨げられます。
また、骨盤のなかで炎症が長い間(慢性的に)起きていると、骨盤内に腹水という液体が貯まります。この腹水の中にふくまれる免疫細胞やサイトカインとよばれる物質が増加することで、卵胞の発育が障害され、卵の質が低下し、受精率、妊娠率が低下すると考えられています。
さらに、卵巣内に発育したチョコレート嚢胞も、卵巣機能を低下させるといわれています。(*10)
チョコレート嚢胞の場合、妊娠率にはどのような影響があるのでしょうか。
子宮内膜症の女性の妊娠率は24~50%ほどですが、重症の場合は10%以下との報告があります。
不妊期間が短く、卵管に異常がない軽度の子宮内膜症であれば、タイミング法(排卵日を予測して、妊娠可能性の高いタイミングで性交渉を行う不妊治療法)からスタートし、自然妊娠を目指すことを検討しても良いかと思います。ただし、卵管嚢腫が大きかったり、卵管に異常がある方は、手術や体外受精を考慮する必要があります。(*11)
チョコレート嚢胞の治療法と、完治までの期間は?
チョコレート嚢胞の治療法について教えてください。
薬による治療、もしくは手術による治療を行います。
薬による治療においては、痛みを抑える治療と病気の進行を抑える治療の2つがあります。
痛みに対してはまず鎮痛剤(痛み止め)を使用しますが、効果が得られない時はいわゆる低用量ピルなどのホルモン療法を行います。日本では、子宮内膜症に伴う月経困難症に対して保険適用となっている製剤もあります。また、子宮内膜症の進行を抑える黄体ホルモン剤や、女性ホルモンの分泌を抑えて病変を小さくするGnRHアゴニストおよびアンタゴニストなどを投与することもあります。
薬による治療が難しい場合や、妊娠を希望する場合には、手術で子宮内膜症の病変を取り除くこともあります。
妊娠を希望する方の場合には、通常はチョコレート嚢胞だけを取り出し、卵巣自体を残す手術(温存術)を行います。実際、チョコレート嚢胞を切除した後に妊娠率が上昇することが、研究より示唆されています。(*12)
悪性腫瘍(がん)が疑われる場合や高齢の場合、チョコレート嚢胞が大きい場合、臓器が強くくっつきあっている場合(高度の癒着)は、卵巣や子宮などを全て摘出することがあります。頻度は低いものの、チョコレート嚢腫はがん化する可能性があり、年齢とともにリスクは上昇します。出産を終えた方、40歳以上で嚢胞が4~6cm以上ある方の場合には、卵巣の摘出を考慮すべきであるといわれています。(*1、*13)
ただし、両側の卵巣を摘出すると、術後に更年期症状が出やすくなるだけでなく、将来的な骨粗鬆症などのリスクも上昇するので、手術の適応は慎重に検討されます。(*14)
たとえば片方の卵巣を全摘出した場合、妊娠確率は半減するのでしょうか?
妊娠率が半減することはありませんので、ご安心ください。
毎月排卵する卵胞は、左右いずれかの卵巣からランダムに選ばれています。卵巣が1つになったとしても排卵の回数が減るわけではないので、妊娠できなくなることはありません。しかし、体外受精における妊娠率は低下する可能性が指摘されています。(*15)
ただチョコレート嚢胞の摘出手術は、卵巣にダメージを与える病気です。そのため、たとえば片方の卵巣を全摘出し、もう一方の卵巣からチョコレート嚢胞のみを摘出する手術を行った場合には、温存術により卵巣が残された状態であっても、卵巣機能が低下し妊娠が難しくなることがあります。
チョコレート嚢胞の完治には、どのくらいの期間がかかりますか?
子宮内膜症は再発しやすい病気のため、いつまでに完治すると断言することはできません。
チョコレート嚢胞だけを切除する温存術を選択した場合の再発率は34%ほどといわれています。(*16)また、将来的にがん化のリスクもあることから、長期にわたる経過観察が必要です。(*17)
再発しやすい病気ではありますが、手術後に薬による治療を行うことで、再発のリスクを低減することができます。
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チョコレート嚢胞の大きな特徴である強い月経痛。「月経時にはお腹は痛くなるもの」という認識から我慢してしまい、病気になかなか気づかない方も少なくありません。
チョコレート嚢胞は、強い月経痛により日常生活に支障をきたすほか、不妊の原因にもなります。思い当たる自覚症状がある方は早めに産婦人科を受診しましょう。
(*1)参考文献 MSDマニュアル 子宮内膜症
(*2)参考文献 日本産婦人科医会
(*3)参考文献 「病気がみえるvol.9 婦人科・乳腺外科第4版」 メディックメディア・p122-127
(*4)参考文献 日本産婦人科学会 子宮内膜症
(*5)参考文献 「不妊症・不育症治療」 メジカルビュー社・p184-185
(*6)参考文献 「新女性医学会大系(全44巻)Comprehensive Handbook of Women’s Medicine 19子宮内膜症,子宮腺筋症」・中山書店・p105
(*7)参考文献 日本婦人科腫瘍学会
(*8)参考文献 「図説産婦人科VIEW-28[婦人科治療]子宮内膜症ー病因・病態と取扱いの実際」・メジカルビュー社・p58-66
(*9)参考文献 Rokhgireh, S., Mehdizadeh Kashi, A., Chaichian, S., Delbandi, A. A., Allahqoli, L., Ahmadi-Pishkuhi, M., Khodaverdi, S., & Alkatout, I. (2020). The Diagnostic Accuracy of Combined Enolase/Cr, CA125, and CA19-9 in the Detection of Endometriosis. BioMed research international, 2020, 5208279.
(*10)参考文献 「標準産科婦人科学第5版」 医学書院・p196-197
(*11)参考文献 「不妊治療プラクティス」 中外医学社・p147-153
(*12)参考文献 Duffy, J. M., Arambage, K., Correa, F. J., Olive, D., Farquhar, C., Garry, R., Barlow, D. H., & Jacobson, T. Z. (2014). Laparoscopic surgery for endometriosis. The Cochrane database of systematic reviews, (4), CD011031. https://doi.org/10.1002/14651858.CD011031.pub2
(*13)参考文献 日本内分泌学会 子宮内膜症
(*14)参考文献 「標準産科婦人科学第5版」・医学書院・p199-203
(*15)参考文献 Rodriguez-Wallberg, K. A., Nilsson, H. P., & Lind, T. (2022). Live birth and pregnancy rates after in vitro fertilization/intracytoplasmic sperm injection in women with previous unilateral oophorectomy: a systematic review and meta-analysis. Fertility and sterility, 117(5), 992–1002. https://doi.org/10.1016/j.fertnstert.2022.01.033
(*16)参考文献 近畿大学病院 子宮内膜症の治療 子宮内膜症の治療│近畿大学病院 (kindai.ac.jp)
(*17)参考文献 日本産科婦人科学会